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最新更新日時: 2008年03月31日
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産業振興課
TEL 0224-53-2659
FAX 0224-53-3818
sangyo@town.ogawara.miyagi.jp

一目千本桜

荘厳な蔵王連峰を背景に咲き乱れる、ソメイヨシノを中心とした桜並木「一目千本桜」は町のシンボル的存在。大正12年に、大河原町出身の高山開治郎氏の寄贈により、1,000本余の桜を植樹。4月中旬頃には県内外から毎年たくさんの観光客が訪れます。平成2年、(財)日本さくらの会より「さくら名所百選の地」に選ばれました。
[一目千本桜の歴史][一目千本桜開花状況]

大河原公園・大河原河川公園

水をテーマにした「ウォータープラン21」に基づいて完成したこの公園には、水に関する文化施設、運動施設などがあり、21世紀に向けた新時代の公園です。隣接する大河原河川公園にも専用の通路を通って行くこともできます。

大河原町総合体育館「はねっこアリーナ」

1,530m2のアリーナは県内でも有数の広さを誇り、スポーツ諸大会の主会場として広く利用されています。また、付帯設備として、障害者専用エレベーターやプレイルーム(幼児室)、放送設備を備えた役員放送室などもあります。

仙南芸術文化センター「えずこホール」

鑑賞の文化ホールというだけでなく、住民自らが多様多種な文化にふれ、個人や団体の持つ芸術文化の力をよりよく発揮させてくれるステージにもなります。“えずこ”とは、昔赤ん坊を入れるために、わら等で作られた保育器の名前が由来です。[LINK]

Orga「オーガ」

地域密着型の専門店型商業施設をはじめ図書館、イベントホール、研修室等住民サービス機能を備えた公共施設や入りやすく、ゆとりある駐車場などを持つ駅前の高感度複合ビルです。
[駅前コミュニティセンター(オーガ2F)のご案内]

昆虫公園

昆虫の生息に恵まれた環境にあり、カブトムシ、セミなどの甲虫類、アゲハ、オオムラサキなどの蝶類のほか、ミズバショウ等の植物もあり自然が堪能できます。約6千m2の敷地には東屋もあり、遊歩道も整備されています。

大河原カトリック教会

上町のカトリック教会は大正4年に建てられた、大河原初の洋風建物として知られています。

佐藤佐太郎歌碑

白石川河畔には、大河原が生んだアララギ派の歌人・佐藤佐太郎の「生(あ)れしより六十年か低山(ひくやま)の上に蔵王の残雪光る」の歌碑が建てられています。歌碑は町内の有志が中心となり、昭和57年に建立されました。

大高山神社

町内最古の歴史があり、柴田郡の総社格として由緒ある神社です。縁起書によると祭神は日本武尊と用明天皇で、西暦571年の創建。現在の本殿は元禄時代に建てられたもので、国指定重要文化財の鍔口、藤原忠衡寄進の鉄九輪塔、江戸時代の南蛮鉄鳥居、元禄から明治までの絵馬など、多くの文化財が残されています。

嶋館神社

神社創建は鎌倉時代以前とされており前方後円墳の真上に建てられています。祭神は、産業の守護神「お稲荷さん」であり、かつては大河原町の村社、総社として町内を代表する神社でもありました。

金ヶ瀬薬師堂

勧請年代は不詳ですが、文明年間(1469〜1487)の干ばつの際に、高橋与右エ門という人がこの堂にこもり、雨を降らせたと伝えられていることから、与右エ門薬師、雨乞い薬師とも呼ばれています。境内には、二十もの古碑が建てられており、文化財として価値あるものばかりです。

吉祥山繁昌院

慶長10年(1605)の開山と伝えられ、平安時代末期の作品と思われる木造の阿弥陀如来坐像が本尊に祭られています。その細やかで見事な彫刻は均整のとれた美しさがあり、昭和52年に町の文化財に指定されています。境内の座禅堂にはグループや個人の参禅者が多く訪れます。通称「東の寺」。

宝亀山最勝院

室町時代末期の天正年間(1580年代)の創建と伝えられ蔵王町宮の蓮蔵寺4世実専和尚が、後継者に蓮蔵寺を譲り、隠居寺として寛永2年(1626)に中興開山しました。境内にある「聖天堂」の本尊、大聖歓喜天双身天王は双身の天女像で、豊作の神として雨乞いの霊験あらたかであるといわれています。この寺には戌辰の侠客・浅草宇一郎の墓が守られています。通称「西の寺」。

友遊小みち(ゆうゆうこみち)

大高山神社、頼母山周辺から堤地区にかけての尾根沿いは、眺望に優れ、町内が一望できる所です。特に春の白石川桜並木の景色は、まさに絶景です。ここに整備された「友遊小みち」は、ウォーキングで健康づくり、野外活動、自然観察などに最適です。

馬取田

源氏と奥州藤原氏が戦った文治の役(文治5・1189年)の際、藤原氏方の総大将藤原国衡が、乗馬ごと深田にはまり、源氏方に討たれた。以来、村人はこの田を「馬取田」と呼び、国衡の菩提を弔った。

光澤山明増寺

町内に現存する寺の中で最も歴史が古く、嘉禄2(1226)年の創建である。本尊阿弥陀如来立像は京都の仏師重宗の銘があり、すぐれた仏像として名高い。

医王山持明院

天文2(1533)年創建。裏山の横穴にまつられている観音は「穴観音」と呼ばれ、耳だれに霊験があるといわれている。

大谷山安浄寺

天正2(1576)年創建。元は広瀬町にあり、当時は白石川の分流が側を流れていたという。そこから移った年代は不明だが、現在は桜の名所として地域の人々の目を楽しませている。

月戴山宝泉寺

天正5(1577)創建。本尊釈迦如来の外脇仏として子育て観音があるが、子供を抱くこの観音はキリシタン禁教時代のマリア観音に通じるものとして注目されている。

滝王山教性院

元和2(1616)年創建。境内には相模国大山より勧請した不動堂や同じ小山田村にあった「長寿院」の碑文も残っている。

竹嶺山香林寺

慶安2(1649)年創建。運慶作といわれる聖徳太子像や西国三十三観音像、文治の役で戦死した照井太郎高直の位牌など、3つの廃寺(太子庵、洞秀院、大林寺)を受け継ぐ寺である。また、金ヶ瀬薬師堂も所管している。

如意輪観音堂

元禄年中(1688〜1703)創建。江戸時代、大河原宿の西の入口にあるとともに白石川の船便乗降場に続いていたこともあって、境内の広場は旅人の小休所であった。現在は最勝院の管轄である。

傾城の墓

源頼朝の家臣、和田義盛の愛人如月の墓であると伝えられている。文治の役(文治5・1189年)の際、義盛を追ってこの地へ来たが、遂に逢えず病没した如月を憐れんだ村人が建てたという。

名水蟹清水

堤字大井戸に位置し、古来よりいかなる干ばつにも枯れることがなく村人から村人から保護されてきた。また、湧き口にはサワガモが群生し、蟹清水の名前の由来となった。

堤村領主鮎貝盛次の墓

鮎貝氏は伊達藩の門閥御一家の筆頭の家柄で、盛次は、天正15(1587)年、戦功により堤村に二百石を加増され、山形の白鷹より移住し寛永2(1625)年この地で没した。

村井江三の墓(1796〜1870)

号を一日庵江三と称した俳人。諸国を旅し、文人墨客と交わり修行した。特に芭蕉に心酔し、主に仙南・山形県最上地方で活躍して多くの書画、句集を残している。

浅草宇一郎の墓(1818〜1892)

大河原出身の目明かし。戊辰の役(慶応4・1868年)の際、仙台藩が行った新政府軍参謀世良修蔵の捕縛に協力した。

尾形亀之助の墓(1900〜1942)

東北学院普通部在学中から文学活動を始め、中退上京後、詩集「色ガラスの街」をはじめ多くの詩集・短編集を発表。また、反二科会の美術集団「MAVO」を結成し活動した。

佐藤佐太郎の生家跡

アララギ派の歌人佐藤佐太郎(1909〜1987)は、斎藤茂吉に師事、短歌同人誌「歩道」を主催し、毎日新聞社の短歌欄ならびに宮中歌会の選者を勤め、昭和55年には芸術院賞を受賞した。

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